メルケル首相、苦難の道

 「現在行われている改革の成果は、決してすぐに現れるものではありません。新しい法律が施行された日から、直ちに効果が現われるわけではなく、時間がかかります」。メルケル氏は、国民に向けた年頭所感演説の中で、こうした言葉を使って人々に忍耐を求めた。この演説には、首相が政府の中で置かれている苦境が、にじみ出ていた。

 特にメルケル氏の立場を苦しくしているのが、この国始まって以来の抜本的な健康保険制度改革が、難航していることだ。CDU(キリスト教民主同盟)内のライバルである、州首相たちが、改革案に疑問を呈し始めているほか、市民や経済界からも不満の声が上がっている。改革が実現すると、公的健保に加入している人、民間健保を持っている人、双方にとって負担が増大する。保険会社や医師たちも改革に反対している。

また経済界は、健康保険料が労働コストから切り離されて、企業の人件費負担が軽くなることを期待していたのだが、少なくとも短期的には健康保険料が引き続き企業の負担となりそうな情勢だ。「メルケル首相の言うことは立派だが、実行が伴わない。彼女はドイツのサッチャーにはなれない」。ドイツ人の間では、こんな批判がささやかれている。

メルケル氏は、失業率が低下していることを成果の一つとして挙げているが、これは前任者のシュレーダー氏が実現した労働市場改革「ハルツIV」と、一部の企業が雇用削減に歯止めをかけたことが主な理由であり、彼女の功績ではない。

ロシアの天然ガスに依存することの危険性が、ますます明らかになっている中、エネルギー問題に国民の関心が集まりつつある。前のシュレーダー政権が実行した、脱原子力政策を変更して、一部の電力会社が求めている、原子炉の稼動年数の延長を認めるべきか、否か。メルケル首相は、これまで先延ばしにしてきたこの論争に決着をつけなくてはならない。だがメルケル氏が、原子炉稼動年数の延長を求めるCDU側の主張を認めれば、SPD(社会民主党)が反発して、政権に深い亀裂が生じるかもしれない。

私はメルケル政権が誕生した2005年秋から、「大連立政権の首相には、重い足かせがはめられており、十分な指導力を発揮できない恐れがある」と主張してきたが、そのことが現実になりつつある。もともと科学者だった彼女はシュレーダー氏と違って、独断的に振る舞わず、関係者の主張に冷静に耳を傾ける性格を持っており、調整役としては適した人材だ。だが首相は、しかるべき時には反対意見を押し切って決断する胆力を持たなくてはならない。

ドイツは2007年にEU(欧州連合)の議長国を務める。メルケル首相は、フランスの国民投票で否決されて「死に体」になっているEU憲法条約を復活させることを、重要な目標として掲げているが、国民はむしろ彼女に内政面で勇断を求めている。「外交が忙しいから」という言い訳を使わずに、2007年にはメルケル首相が国内政治の舞台で強いリーダーシップを発揮することを、期待する。

 

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週刊ドイツ・ニュースダイジェスト 2007年1月12日